12月 012008
 

エッセイ この小さな学校で  愛育養護学校 校長 板野昌儀  (2008年12月 愛育養護学校だより掲載)

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「あゆみ」愛育養護学校50年史をこれまでお世話になった関係者の方々、卒業生、後援会会員のみなさんにお送りしましたところ、様々なご指摘やお言葉をいただきました。まことにありがとうございます。

この学校は、小さいながらもその時々の出発をして、歩んできました。今回の年史作成では、過去の事実を掘り起こす作業までにはいたりませんでしたが、昭和24年の特別保育室再開から現在までのあゆみについてかかわり続けてこられた津守眞先生の足跡をたどることで、現在につながるいくつかの関連に思いあたりました。

現在は特別支援教育とこの教育をよびますが、戦前の愛育研究所での出発当時は、教育の前にこの子どもたちの知的な発達そのものが、未知でした。愛育研究所教養部第二研究室が昭和18年、幼児の教育を行い、同時に研究を開始しました。ここで中心的な役割を果たされたのが、三木安正せんせいでした。そして、戦後の愛育研究所での出発は、教養部長牛島義友先生のもと、津守先生と保育には牛島先生の研究助手をしておられた小山則子先生(50周年史の職員名簿のお名前に間違いがありました。お詫びいたします。)があたり、特別保育室という名称で再開されました。さらに昭和30年愛育養護学校になってからもその設置は、愛育研究所の母体である社会福祉法人恩賜財団母子愛育会が行い、経営をしてきました。

この学校と愛育研究所との関係の深さを再確認しました。また、戦後三木先生が創設からかかわられた旭出学園は当時は豊島区にあり、改築工事のころ昭和25年には、愛育研究所の特別保育室に合流して保育をしたり、意見を交わし、いろいろの試みをしたりなどいきいきとした保育が展開していました。この50年余りの都内の「特殊教育」の歴史は、発祥のルーツをたどると、どこかで愛育研究所につながっています。

「アイケン」という愛称で親しまれた「愛育研究所」も、平成9年「日本子ども家庭総合研究所」と改称されました。歴史に埋もれさせるには大変残念に思います。本校に研究部門を設置するときには、研究のスピリットとともにその名称をぜひ継承したいものです。

歴史的な確認作業は、未来に向けての新たな使命につながっていきます。この夏には、心を新たにしながら全教職員とともにワークショップや勉強会をしましたが、身体的な表現や知的発達についての新たな理解や、個々の特性に応じた働きかけ、日常の生活からの発見とかかわりの工夫など教育的課題は、私たちの挑戦を待っています。すべて私たちが変わっていかなければ、たどり着けない課題ばかりであることに気づきました。

さて、現在の東京都内の私立特別支援が学校は、いくつあるかご存知でしょうか。日本聾唖学校(町田市 大正9年1920年開校)、旭出学園の旭出養護学校(練馬区 昭和25年1950年開園)、明晴学園(品川区 平成20年2008年開校)と本校の4校です。このうち、日本聾唖学校、旭出養護学校と合同で、毎年東京都に対して「経常経費補助金の増額」の要望をしています。特別支援教育に大きく切り替わったことで、公立も変化の時を迎えています。私学についてもここ2年連続で5%補助金が増額されました。この機運に私学の存在を大きくアピールしていかなくてはなりません。全国では16校ある私立特別支援学校でしが、公立と合わせてもまだ学校が不足しています。公立では、プレハブ校舎やカーテンで教室を仕切るなどして、教室数を確保しつつ、学校新設に努力しているように聞いています。私立の特別支援学校でつくっている私立特別支援学校連合会でも、新しい特別支援学校が設立しやすい社会、および維持経営が行いやすい社会に向けて、文部科学省、財務省に働きかけをしています。、子どもたちはゆったりと、住んでいる地域でそれぞれの求める教育を受けられるような社会の実現を願い、努力していきたいと思います。みなさんのご理解ご支援をお願いいたします。

前回、このページで学校の自然環境の変化について触れました。少し悲観的な内容になってしまいましたが、今後はどうすれば小さな校庭を豊かにしていけるかが、大きな課題です。しかし、最近、本校を農作物で支援してくださっている植物の専門家の方が、校庭を見て「地面が硬くなくていいですね」と感想を聞かせてくださいました。校庭はグラウンド、すなわち運動競技場の役割があるため、適度に踏み固められているものですが、本校の場合は、適度に掘り返されている状態とでもいえるでしょうか。大人の安全管理の下、本物のスコップ、シャベルも使って子どもたちは掘り進みます。土の色が変わると「もうすぐマグマだ」と、豆知識を披露しながら一所懸命に掘ります。これはこれで植物には過酷な面もありますが、庭の動植物のみなさんも、力を合わせて生命を育んでいて、野の花は少しずつ見られるようになりました。なかでもアカマンマ(イヌタデ)とオシロイバナは、ブランコのそばや庭の隅に長く咲き、子どもたちを見守っています。